至るを知りて これに至る
至るを知りて
これに至る、ともに
幾(き)を言うべきなり。
(文言伝)
(ぶんげんでん)
わずかな兆し(幾)を観て、
それが何を意味するか、
その全体像を知り、
どう対処すべきかを考えて
答えを見つける、ということ。
例えば、小さなネジの脱落から
大事故の前兆を感じとり、
機器を点検して事故に至るのを
防ぐようなことをいう。
毎日同じことを繰り返し、熟練すると、
いつもと違う何かに気づく能力が養われる。
これが兆しを察する力、
「プロの目」である。
決してまぐれの直感ではない。